1.17。 

丸18年。

95年のあの日、僕は東京にいた。
でもあの日のことを、僕なりに鮮明に覚えている。



地震直後、実家から電話があった。
直後には電話は繋がったのだ。
その時シャワーを浴びていて、その後にもう一度電話したが、その時はもう繋がらなかった。

客先に直行。当日はとある顧客の全国ネットワーク可動の初日。
到着したら監視装置の画面で西日本地区が不通の為真っ赤だった。

今から思えば今ほど情報が早くなかったのか、僕がその時知っていた情報はビルのガラスが散乱している画像と梅田のビル建設現場でクレーンが倒れてしまった映像だけ。

客先で初めて、お客様から事態を伝えられたが自分ではあまり理解できなかった。
理解できたのは夕方、大宮駅で配っていた号外を観た直後だった。

その後数日後帰郷した。

この時期、寒くなると震災のことを思い出す。
自転車で神戸の顧客を廻った。

崩壊した光景、国道2号線と43号線、オーバーラップする。

あの日、直接被災しなかったが、その後の光景は忘れられない。
家族や親戚、友人から聞いた話も忘れられない。


東北の人たちはどうだろうか。
もう2年、まだ2年・・・・・・

忘れるということはないだろう。

午前5時46分52秒 黙祷。